バスがさ、座るまで待ってくれる優しい運転手さんが、たまーにいるじゃん。ああいうバスにたまたま連続で乗ると、次普通のバス乗ったとき油断して転んだりする。境界性に障害ってのはそういう障害なんだよ。
会社で働けない
実力社会は向いてないよおまえ。
境界のひとは嫌われても優しくするのだろうか
常識に警鐘を鳴らす、アンチテーゼとして
発達障害だから他人には優しい
逆境を楽しむクセ、あるよな?
わるいはっそうがあたまにない
母さんが嫌だからって何もできない、しちゃいけない、負けちゃいけない
お金だけが愛を表してくれる…
空いてる席に鞄置いたことないし
人を助けるのに責任なんかいらない
悪い奴だと思われたくないというのは優しさには入らないのでは?
嫌われることに弱いのか?
優しさを試すのは優しさに入るのか
信号は待つ
磯原はやさしくするよ
優しくないやつに冷たくしたらそれは反社会と同じだし、そういうやつの優しさは偽善。
もし僕が境界だったとして、
いや、境界にあこがれてるだけか。
もし発達障害や貧乏や人格障害がいじめられるのが当然の世の中なんだったら、やはりそれは間違っている?
神様が見ててくれると思ったんだけどな