人には、できる部分とできない部分がある。
だけど、できる部分だけ評価してもらって、できない部分は配慮してもらうーーなんて虫のいい話はない。「できる部分を見せる」という事はすなわち、「できない部分を責められる」のと同義なのである。
ああ、困った。何に困っているかと言うと、元々私はとあるビルの清掃の仕事をしていたのだが、ある日「エキストラ」が足りないと言うので、協力したのだ。そう、そのビルは「スタジオ」だったのです。
それから、あれよあれよという間にスカウトされ、デビューし、私は「声優」という定職に就くことができたのだ。この仕事は私が長年探し続けてやっと見つけた天職であるらしく、私はレッスンのたびに自分が上達していくのに喜びを覚えた。そんな幸せな日々もつかの間、忘れた携帯電話越しに若い女の子に告白されてしまったのである。彼女は私が清掃員時代に見たことがあるアシスタントディレクターで、一級品の美人だった。それに比べて私は、醜い容姿で、もう40を越えようというオッサンである。しかし私の顔は(事務所曰く)トップシークレットで、未熟な彼女はまだスタジオ内に入ったことがない。よって、私の素顔を知らないのだ。きっと声から、自分の理想像を作り上げているのに違いない。早々に断ればよかった。しかし、バレてもいい、「バレるまでの間だけでも」という魔が、私の脳裏に差したのだ。そして何度か電話でのやり取りを重ね、ついにデートの約束をしてしまったのである。
電話だけの間は、本当に幸せだった。彼女は頭もよく性格も優しく、完璧だった。
こういう時のために、世の中には「イケメンニナール」という薬がある。飲むだけでたちどころにイケメンになれるが、効果は半日しか持たないうえに、寿命が縮まる。
小説だから伏線とかなくていいかなと
起きたらいる
寝てる間に…
やっぱイケメンニナールのほうがいいよぉせもたかくなるし
やっぱシナリオにしようかなもう場がもたんのだ